生薬と食
   ●生薬と食

 食物に食能、食性、食味があるのと同様に、生薬にも薬効、薬性、薬味といった効能、性質、味があります。中国の場合、この食物・生薬の性質と味の組み合わせを重視していますが、このような考え方は中国独自のものではなく、インドやアラビア地域にもあり、長年の生活の慣習から生まれた知恵といえるでしょう。

 中国の根本思想は、中国医学の最古典の一つ『黄帝内経素問
(こうていだいけいそもん)』に記されている「陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)」に基づいています。その中には、病気の治療、健康管理、調剤、調理の原則が述べられており、生理学、病理学の上からも偉大な教えを含むものとなっています。『黄帝内経素問』では不健康な状態を“陰”と“陽”で表現し、「陰は寒、水、下、右、腹、裏、内であり、陽は熱、火、上、左、背、表、外である」として、“どちらにも偏らない中庸の状態”を「健康」と考えている。陰、陽のバランスが崩れて不健康になったときには、それを是正する反対の薬性、食性をもつ薬物、食物で中和し、正常化するというわけです。これが治療の原理で、陰には「軟・濡」の作用のある「鹹(かん)・辛・温」の薬物・食物を用い、陽には「清涼・堅硬」の作用のある「苦・寒」の薬物・食物を用いるのが原則です。薬物や食物は、その味と性質によって五つに分類されています。

○ 味
 【酸】酸っぱい味で収斂
(しゅうれん)作用があり、肝、胆、眼によい。
 【苦】苦い味で消炎と堅固の作用があり、心臓によい。
 【甘】甘い味で緩和と滋養、強壮の作用があり、脾、胃によい。
 【辛】辛い味で発散作用があり、肺、鼻、大腸によい。
 【鹹】塩辛い味で軟らげる作用があり、腎、膀胱、耳、骨によい。

○ 性質
 【 温 】身体を暖め、興奮作用があり、貧血、冷え性の人によい。
 【微温】温より弱いが身体を暖め、興奮作用があり、冷え性や水滞の人によい。
 【 平 】温寒のひずみがなく、日常食べるもので、常用すれば滋養、強壮効果、バランス調整作用などがある。
 【微寒】寒より弱いが身体を冷やし、清涼感を与え、鎮静、消炎作用がある。のぼせ症の人などによい。
*【 寒 】身体を冷やし、鎮静、消炎作用があり、のぼせ症で血圧の高い人によい。


●なぜ生薬を使うのか

 現代の食品の多くは、「温」なのか「寒」なのか明示していません。栄養学的判断しか行わず、本当に体に良いのか、健康生活に役立つのかわからない商品が多すぎます。特に冬場に「寒」のものを摂ってしまう恐れもあるので注意が必要です。また、たとえばバナナやメロンなど、基本的には「寒」の食性を持つ熱帯性の果物を病院の見舞いに持っていくのは間違いです。患者のことを思うなら体を冷やすものは避けるべきでしょう(バナナは熱帯アジア地域、メロンは北アフリカ・中近東が原産。ちなみにノニも熱帯地方が原産地の「寒」の食性です)。

 中国医学では、食物及び生薬の食性を考慮して「温」と「寒」を明確に使い分けています。そして康復医学においても、基本に生薬を使用します。それは、生薬には長期の使用歴があり、使用法及び安全性、有効性がある程度裏付けられているからです。また、中国医学の康復科では、季節によって使う生薬を変えることも行われています。
 栄養素(サプリメント)の使用は、予防医学・治療医学で対応されるべきだと考えます。特に“健康食品”の類は、安全性と効能・効果が学術的に明確になっていることが必要です。